〇はじめに・ごあいさつ
はじめまして。清水まゆみと申します。私は川崎市に暮らし、伝統野菜のらぼう菜の普及・継承を目的に「かわさきのらぼうプロジェクト」の一員として活動しています。
〇プロジェクト立ち上げのきっかけをお話します!
★のらぼう菜を70年以上作り続けた髙橋孝次さん
のらぼう菜は、アブラナ科の「なばな」の一種です。
川崎市多摩区菅地区で古くから作られている川崎の伝統野菜です。初秋にタネをまき、冬もずっと外で寒さに当たり成長し、収穫は翌年の3月初旬頃に始まるので「川崎に春を呼ぶ野菜」と言われています。にがみがなくほのかな甘みがあるのでお子さんがバクバク食べてお母さんがビックリすることも!
とはいえしおれやすく、見た目が売りにくいことでスーパーにはあまり出ない、直売所に出るのも3月、4がの約2ケ月なので、まだまだご存知ない方も多いかもしれません。
髙橋孝次(こうじ)さんは農家の長男として同地に生まれ、17歳で就農、88歳でなくなるまで(2020年12月)のらぼう菜を作り続けてきました。
梨、養鶏、花、植木盆栽、野菜苗と時代の流れを読み、営農作物を大胆に変える中でのらぼう菜は70年以上作り続け、2001年にはのらぼう菜を川崎の伝統野菜として残そうと同地に「菅のらぼう保存会」を作りました。69歳の時です。
★のらぼう菜を子どもたちに伝える「野菜名人」20年
髙橋さんは秋になると、大切に育てたのらぼう菜の苗をトラックに積んで小学校に向かいます。おもに小学2年生生活科の授業に「野菜名人」として登場するためです。
髙橋さんは子どもたちに「のらぼう菜は冬、寒くても何も着ないで、じっと耐えて自分に力をためているんだよ」と語りかけ、最後はいつも「これからは、みなさんが川崎でのらぼう菜を繋いでいってください」と締めくくられました。市内多摩区中心に15の小学校を訪問し、のらぼう菜を伝え続けました。
栽培法の研究も続け、83歳で(公財)日本特産農産物協会が認定する「地域特産物マイスター」に「のらぼう菜」で認定されました。神奈川県で2人目です。
★のらぼう菜と歩んだ人生の集大成となる「本」を出版
髙橋さんは2020年9月に「のらぼう菜―太茎多収のコツ」(農文協)という本を出版しました。「のらぼう菜と歩んだ人生を本に残したい」とずっと言われていて、本の完成を見届けて安心されたかのように同年12月に88歳で旅立ってしまいました。
本は発売1か月で増刷となり、髙橋式の栽培方法をくまなく載せたことで全国から「うちの地域でも春をよぶ野菜に育てたい」という声を発刊後3年がたつ今もいただいています。
★未来へ紡ぐのらぼう菜~小学校でのらぼう菜栽培の授業は続いています~
髙橋さんが苗植えまでは見届け旅立った最初の春、いつも通りの太くやわらかな茎ののらぼう菜が育ちました。奥さまの寛子さんと、数年前から髙橋さんにのらぼう菜栽培を学んできたスタッフのお二人はほっとし、収穫が始まりました。「髙橋さんののらぼう菜は柔らかく、甘くておいしいね」とたくさんのお客さまが買いにきてくださり今まで通り学校給食にも提供しました。
タネとりをし、翌年の苗を育て始めた初秋、「野菜名人」としてのらぼう菜を伝えてきた小学校から「髙橋さんは亡くなられてしまったけれど、のらぼう菜栽培は続けていきたい」と電話が何本も入りました。寛子さんは、苗を用意し、スタッフさんが学校に苗を届け(苗を取りに来てくれる学校もあります)植え方の指導をする学校もあることを知った時、私は「髙橋さんはもう子どもたちの前に立つことはできない。でも小学校ではのらぼう菜栽培は続けたいと言っている。髙橋さんが伝えたいのらぼう菜で何かできることはないだろうか。。。」と自問しました。
★私は髙橋さんの「おっかけ」5年!
私は2015年4月に髙橋さんに出会い、自称「髙橋さんの追っかけ」をしてきました。「野菜名人」としての小学校の授業には何度もついていき、写真を撮り、お話を録音し、子どもの反応を見てきました。どの学校に行っても髙橋さんは大人気で子どもたちにいつも囲まれていました。先生も「私、前任校でお世話になって」と声かけされる方が多かったこと。
「私にできることは?」の自問を続け「髙橋さんの授業を紙芝居にして残せないだろうか。苗を植える前にその紙芝居を誰かが子どもたちの前で読んでのらぼう菜の育て方と髙橋さんの川崎ののらぼう菜への想いを繋げる、そういう紙芝居を作りたい!」と思ったのです。
★かみしばいや「もっちぃ」との出会い
とは言っても私には「紙芝居を作る」知識は何もありませんでした。
偶然は必然です。この頃、川崎市内のイベントで紙芝居を演じる「紙しばいやもっちぃ」に出会いました。髙橋さんの生前を全く知らない「もっちぃ」は、私の話を聞いて本をすぐに読み、のらぼう菜の畑に来て、寛子さんに会い、授業の録音を何度も何度も聴いて「清水さん、のらぼう菜の紙芝居、一緒に作りましょう」と言ってくれたのです。
★いま、髙橋さんの授業を紙芝居で伝えたい!
そこから2年。二人で構成を考え、当初絵はイラストレーターさんに頼むつもりでしたが、「もっちぃ」が「私が描く」と言ってくれました。試作中の紙芝居をいろいろな人に見てもらい、意見をいただいては「もっちぃ」は何度も何度も絵を描きなおし、二人でセリフを修正、構成を検討する作業を続けてきました。
そしてここに16枚の「かわさき菅(すげ)で(育)はぐくむのらぼう~髙橋孝次~」が完成しました。
「教師になるという夢を持っていた髙橋さんを、もう一度紙芝居という形で子供たちのところへ連れて行ってあげてください」と思いながら紙芝居をしています。もっちぃの思いです。
★今後は、紙芝居を届けながらのらぼう菜の魅力を伝えていく
紙芝居は50部を印刷し、のらぼう菜を栽培する小学校、保育園などには可能な限り直接届けながら、子どもたちの前で読み聞かせを進めていきます。小学校に伺うと「私、髙橋さんにはすごくお世話になって」という先生が多いのです。先生には川崎の伝統野菜「のらぼう菜」をお伝えしていきます。
川崎市内全図書館にも寄贈し、貸出ができるようにします。これについては図書館とすでに打ち合わせ済みです。
のらぼう菜は育てやすい野菜で、特別な設備もいりません。アブラナ科なので、収穫後は黄色い菜の花を楽しめます。「川崎市民が親しむ野菜」として、プランター栽培や、花壇などでの栽培もすすめていきたいと思います。
〇資金の使いみち
◇紙芝居の印刷費(50部:15万円*ケース、セット、梱包費、送料含む)
紙芝居はのらぼう菜を栽培する学校、保育園等、および川崎市内全図書館に20部寄贈します。
*図書館以外の寄贈は、かわさきのらぼうプロジェクトが活動内容を確認し、寄贈します。すでに市内図書館にはかわさきのらぼうプロジェクトで作成した小冊子「かわさき菅で育んだのらぼう」、髙橋さん著書「のらぼう菜-太茎多収のコツ」は寄贈し、郷土資料として貸出もしています。
この紙芝居についても完成次第、寄贈することは図書館にお伝えし「郷土資料」として蔵書されます。
*ここに髙橋孝次さんが愛した「川崎のらぼう菜」の三部作が完成します。
◇紙芝居「かわさき菅(すげ)で育(はぐく)むのらぼう~髙橋孝次~」企画・制作費
◇オリジナルパッケージ「のらぼうキットパス」制作費
*川崎市が誇る日本理化学工業社が持つキットパスの中からのらぼうプロジェクトで6本をセレクトし、オリジナルパッケージ品を今回の限定リターン品として制作します。(塗り絵付き)
◇「かわさき菅で育んだのらぼう」小冊子増刷費
◇寄贈用紙芝居発送費およびリターン品など発送事務費
〇実施スケジュール
2023年9月25日から11月末日までとなります。
このプロジェクトはAll-in方式となります。実施期間に皆さまから支援をいただいた金額を資金とさせていただきます。
髙橋さんが大切にされてきたのらぼう菜とその想いをしっかりかわさきに根付くよう頑張ります。
〇プロジェクトメンバー
★清水まゆみ★
10年前に農家が先生になり農産物の素性・栽培を教える教育ファームに出会ったことが今の活動の原点。髙橋さんののらぼう菜に人格をもたせ子どもに語る姿に魅せられおっかけ5年。 髙橋さんからいただいた言葉(今から、ここから、自分から)は宝物。
★田中龍平★
2015年4月に髙橋幸次さんを招き(のらぼう菜を食べる会)を企画したプロジェクトの仕掛け人。
色彩の仕事に携わっており、長年にわたり髙橋家の苗を育てながらのらぼう菜を観察し、"のらぼう菜らしい色"を抽出。その色は髙橋さん著書表紙デザインや小冊子に活用され、のらぼう菜のイメージを伝える役割を果たしている。リターン品「のらぼうキットパス」ディレクションを担当。